昨日の雨が嘘のように今日は快晴であった。
そんな青空の下、ビバリーヒルズワーフにて。
まるで一つの集落のように、その場所は古びたジャンク船で溢れている。
そんな船の中の一つで今、涼とウォンは朝食を取っている最中であった。
「ゴホッ!ゴホッ!!」
「大丈夫か?」
先ほどから度々苦しそうに咳き込むウォンに、涼は心配そうに問い掛ける。
「だ、大丈夫・・・!ほら、早く食べなよ、冷めちゃうからさ。」
「あ、ああ・・・。」
ここウォンのジャンク船。
涼がこの船に世話になるようになって、もう三日以上経つだろうか。
こうして朝食を二人で取るこの姿も、すでに当たり前の光景となりつつあった。
だが今日は何か様子が違う。
涼はスープの入ったお碗を手に持ったまま、ウォンの顔をじっと見つめ、食事に全く手をつけていないのである。
ウォンは、そんな涼の視線を気にしながらも、スープを熱そうに飲んでいる。
涼の方はさっきから全くスープに手をつけていない。
当然のことだが、涼は何も意味もなくウォンの顔を見ているわけではない。
涼が気にしているのはウォンの顔色。
どことなく赤く、熱っぽい感じがするのだ。
先ほどから咳もしている。
「ウォン、それ食べたら休むんだぞ。」
「大丈夫って言ってるじゃんか!心配する事ないって・・・。」
「・・・・・」
ウォンにそう言われ、涼は黙る。
沈黙が続く。
ウォンの風邪、恐らく昨日の雨が原因であろう。
ウォンは雨の日でも構わずに、傘も差さず出掛けている。
無論、それは涼も同じなのだが。
「ね、ねえ?涼兄ちゃん・・・・。」
「ん?」
短い沈黙を破るように、ウォンが口を開く。
涼は少しだけ驚いた表情を見せ、ウォンの顔を見る。
「あ、明日さ、ワンチャイに買い物行かない?」
「買い物って・・・俺と?」
「うん・・・・駄目・・かな?」
「いいよ、でも風邪が治ったらだぞ。」
「ほんと?」
「ああ。」
「やったーーっ!!約束だよ?涼兄ちゃん!」
ちょうど飲み終わったスープのお碗を持ったまま、ウォンは飛び跳ねるように喜ぶ。
船がギシギシと軋む。
「菜珍街でおいしい店知ってるんだ、明日教えてあげる!」
「ああ、頼むよ。」
笑いながら涼が言う。
と、その時。
「・・・・ウォン!?」
ドサッという音とともにウォンがその場に倒れる。
持っていたお碗がカランという音とともに床へと落ちた。
涼は持っていたお碗を腰掛けていたベッドに置き、慌ててウォンへと駆け寄る。
「ウォン!大丈夫か!?ウォン!」
「だ、大丈夫・・・ちょっとめまいがしただけ・・・。」
そうは言ってるものの、無理をしてるのは明らかである。
ウォンをゆっくりと抱き上げ、ベッドへと連れて行く。
「ハハ・・・・ごめん涼兄ちゃん・・・やっぱ駄目みたい。」
苦笑しながらそう言う、その姿もやはり辛そうである。
ウォンをベッドにゆっくりと寝かせ、涼は「ふう。」と一息つく。
恐らく、昨日の雨で体を冷やしたのが原因だろうか。
ともかく今はこうしてベッドに寝かせておく以外、どうしょうもない。
心配そうに自分を見ている涼に、ウォンは苦しそうな顔を必死に笑顔に変え口を開く。
「涼兄ちゃん約束だからね、明日・・・・。」
「いいから、今はゆっくり寝るんだ。」
「・・・・そんなに急に寝れないよ・・・。」
「明日、一緒に行くんだろ・・・・。」
涼がウォンの頭を優しく撫でると、自然とウォンは目を閉じた。
それを確認し、涼はまた一息つく。
今はまだ朝、ウォンが寝れないと言うのも無理もない話だ。
「・・・・涼兄ちゃん。」
目を瞑ったままウォンが言う。
「どうした?」 「約束だからね。」
「判ったから、早く治せよ。」
「うん・・・・。」
目を閉じたまま、ウォンは微笑みを浮かべる。
涼も少し微笑みを浮かべながらしばらくしていると、ウォンは自然と眠りについていった。
++++
眠たい目をこすりながら、ゆっくりと目を開ける。
「・・・もう夜かあ。」
どうやら朝から今の夜まで眠っていたようである。
辺りはすっかり暗闇の世界に包まれていた。
すっとベッドから起き上がる。
思ったよりも楽に体が動くようだ。
「・・・・ん?」
ふと、ある事に気付く。
自分の目の前を湯気ととも香ばしい香りが漂っているのである。
いつも食事をする時にするその香り。 ウォンはふと、その香りの元と思われる方向へと顔を向ける。
「りょ、涼兄ちゃん・・・・!」
「おう、起きたか?」
そこには涼がお玉を右手に持った状態で鍋の前に立っている。
余りにも不自然なその光景である。
ウォンはそんな涼の姿をポカンと見ている。
「もうすぐ出来るから待ってろ。」
「ど、どうしたの涼兄ちゃん?」
「どうしたのって・・・・晩御飯作ってる。」
「いや、それは判るんだけどさ・・・。」
当たり前の答えを返してくる涼に、ウォンは逆に戸惑う。
そんなウォンを尻目に涼は鍋の方へとクルリと向きを変える。
鍋から香ばしい香りが漂う。
「それって、俺がいつも作ってる・・・・。」
「見よう見真似だけどな、味の保障は出来ないぞ?」
苦笑しながら涼が言う。
ウォンはやっと状況を飲み込めたようである。
途端にウォンの表情が笑顔に変わった。
「涼兄ちゃんありがとっ!!」
「いつも世話になりっぱなしだからな、これくらいしないと・・・。」
「涼兄ちゃん・・・・・。」
「それに、お前は病人だしな。」
「アハハ、確かにね・・・。」
ウォンがいつもやるように、涼は横に置いてあるお碗を手に取りスープを盛る。
温かいスープが湯気とともにゆっくりとスープに盛られている。
「よし、完成だ。」
涼は嬉しそうにお碗に盛られたスープを見る。
ウォンは少しワクワクしているようだ。
先ほどから、何だか落ち着きがないように見える。
「出来たぞ。」
涼はウォンが寝ているベッドへとゆっくりとスープを運ぶ。
「・・・・おいしそうだね。」
「しつこいようだけど、味の保障は出来ないからな。」
「わかったって。」
笑いながら、ウォンは涼からお碗を受け取った。
お碗から、温かさと供にいつも嗅ぎ慣れた香りがしてきている。
「どうだ、体の調子は?」
「朝よりは、だいぶ楽になったみたい。」
「そうか、雨の日はなるべく船の中に居ろよ。また風邪引くぞ。」
「・・・・うん。」
ウォンは少し俯き加減で返事をする。
「まあ、そういう俺も雨の日とか傘差さないでいるけどな。」
そう言って笑う涼を見て、ウォンもクスクスと笑みをこぼす。
「ねえ、涼兄ちゃん。」
「ん?」
「俺、絶対風邪治すから、明日絶対ワンチャイ行こうね・・・・。」
「・・・・ああ。」
その返事を聞き、やっとの事でウォンはそっとスープを口に含む。
そんなウォンの姿を涼は優しく見つめている。
「・・・・どうだ、味?」
「・・・温かくておいしいよ。」
「そうか・・・よかった。」
涼は嬉しそうにそう言い、ウォンの頭を優しく撫でる。
それに対し、ウォンは猫のように目を細めて嬉しそうな顔をした。
顔色も朝に比べてずっとよくなっているようである。
「お兄ちゃん・・・。」
「ん?」
「・・・・ずっとここに居ていいんだよ。」 「え?」
「あ・・・何でもないよ・・・独り言・・・。」
ごまかすようにそう言い、ウォンは一気に残りのスープを飲み干した。
「お兄ちゃんありがとうね、元気出たよ。」
「よかったな、今日はもう寝ろよ。明日があるんだから。」
「うん、お休み涼兄ちゃん。」
「お休み。」
お碗を涼に渡し、ウォンはベッドへと寝転がる。
目を閉じてもまだ嬉しさは残っているのか、その表情からまだ笑み消えていない。
「俺もそろそろ寝るかな・・・。」
そう言って涼はそのまま床に寝転がる。
ウォンはまだ寝れないでいた。
涼が食事を作ってくれたことが相当嬉しかったようである。
その寝顔からも、まだ笑みが消えていなかった。
明日、絶対思いっきり楽しもうね。
いつか涼がどこか遠くへ行ってしまう。
そんな不安がどこかウォンの心の中にもあったのだろう。
なら今はなるべく多くの時間を過ごしていたい。
だからこそ、嬉しかった。
ありがとう涼兄ちゃん。
スープがちょっとしょっぱかったことは、秘密にしておくね。
夜風が心地よい、ビバリーヒルズワーフのある一夜の出来事であった。
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