涼が香港へ旅立ち、数ヶ月が経とうとしていた。
涼がいない芭月家、やはり何処か違和感を感じながらも福さんと稲さんはそれを口に出すことはなかった。


AM9:00。
今日も芭月家では涼が居ないという以外、何も変わらない朝が来る。
そう思っていた矢先の出来事であった。


「い、稲さーーーーんっ!!!」


玄関を開け、家に入って来た福さんは何故か相当慌てていた。
稲さんはそんな彼に、不思議そうな表情をしながら返事をする。


「どうしたんですか?」
「どどどうしたもこうしたもないっすよーっ!」

「ちょっと落ち着いて下さい・・・。」
「落ち着いていられる場合じゃないんすよっ!!」


よく見ると慌てている福さんの手には何か封筒がある・・・。
どうやらこれが、慌てている原因のようだ。


「その封筒は・・・?」
「え!?あ!そうそう!!これっすよ!これ!」


福さんは慌ててその封筒を前へと出した。
よく判らないままその封筒の差出人の名前を見ると、さすがに驚きを隠せなかった。

ー芭月涼ー

確かに、そう書かれている・・・。


「りょ・・・涼さんからの手紙何ですか!?」


さすがに稲さんも動揺の色を隠せない。
考えれば当然の事である。


「・・・・読みますよ?」


福さんが、緊張した面持ちで稲さんの顔を覗き込む。


「ちょ・・ちょっと待って下さい。」


同じく緊張した面持ちで、稲さんはそう言うと仏間へと入って行った。


(どうしたんだろ?)


不思議に思い、福さんは仏間の戸をそっと開け、中を覗いた。
そこには稲さんが仏壇に向かい手を合わせる姿があった・・・。


「旦那様、涼さんから手紙が届きました。」


手を合わせ仏壇に向かい、そう言っている稲さんの目には大粒の涙が溢れていた。
涼が無事だというこの事実を、何よりも早く父である巌に伝えたかったのだろう。
いつの間にか稲さんの後ろで、福さんも仏壇に向かい手を合わせていた・・・・。



                               +++++



いつの間にか日も暮れて・・・・・。

二人は台所にいた。
テーブルの上に、まだ開けられていない封筒が置かれていた。
さっきから三十分以上、二人の間には何も会話がない・・・・。

二人供、手紙の封筒を見ているだけである。
すると、やっとの事で福さんが口を開いた。


「・・・開けます。」


福さんは、封筒に手に持った。
その動きはどこか、ぎこちなく見える・・・。
そして少しずつ、封筒を開けていく。

「待って下さい。」


突然の稲さんのその言葉に、福さんは慌てて封筒から手を放した。


「ど、どうしたんすか?」


福さんは、少し怒りながら稲さんにそう言った。


「もう少し・・・時間を下さい・・・・。」


そう言って来る稲さんに、福さんは何も言い返さなかった。


「涼さんが、手紙をくれる何て・・・・。」
「・・・・・俺も驚いたっす。」


稲さんは、この手紙の内容が不安なのだろうか?何故か読む事をためらっている。
しかしそんな稲さんとは対照的に、福さんは手紙が読みたくて仕方がない。
だが自分だけ読むというのも、何だか気が引ける・・・・。


十分位経っただろうか・・・何も稲さんは言わない・・・。
さすがに福さんも、このままの状態はきつい。


「あ・・・心の準備が出来たら言って下さいね。」


そう言って、福さんが椅子から立ち、台所を後にしようとした時であった。


「読みます・・・。」


稲さんが、ボソッとそう言った。
静かな声だったが、福さんの耳には確かにその言葉が入って来た。


「・・・・大丈夫っすか?」
「大丈夫でございます。」


それを聞いた福さんは再び、椅子に座った・・・。


「・・・・・私に開けさせて下さい。」
「:・・・・はい。」


そう言うと稲さんは、少しずつ封筒を開けていき、遂に中身の紙を取り出した。
紙には涼の文字が長々と書きつづられていた・・・・。


「読ませて頂きます・・・・。」
「お願いします。」


稲さんは、紙に書いてある文章をゆっくりと読み始めた。


「福さん、稲さん、元気かい?俺は心配ない、元気にやってるよ。
俺は今、ある人に紹介された人の家でお世話になってる。
だから寝床に関しては何も問題ない。
福さん、稽古をしっかりやってるか?稲さんと道場ををよろしく頼む。
稲さんも健康に気を付けて頑張ってくれ。
俺は目的を達成するまでは死なない。
必ず帰ってくるから、いつだとは言えないが待っていてくれ。
じゃあ二人供、体に気を付けてくれ。」


稲さんの声が止まった。


「そ、それで終わりですか?」
「そのようでございます・・・・。」


予想以上に短く、何だかまとまりがない文章だったのに、福さんは驚いた。
しかし、そんな文章も涼らしいと言えば涼らしいのかもしれない・・・。
二人はしばらく、会話もなく呆然と座ったままでいた。


「・・・・稲さん。」


そんな時、福さんが突然口を開いた。


「よかったっすね。無事みたいで・・・・。」


稲さんは黙り込んでしまっている。
その顔を見て、福さんは慌てて稲さんに向かい言葉を続けた。


「どうしたんすか稲さん!そんな悲しそうな顔しないで下さいよー!」
「違うんです・・・嬉しくて・・・・。」


よく見ると、稲さんの目には大粒の涙が今にも流れそうな勢いで溜まっていた。


「稲さ〜ん、泣かないで下さいよ〜!涼さんが悲しみますよ!」
「福原さん・・・・。」


稲さんが、泣きながら声を出した。


「何すか?」
「福原さん、あなたも泣いてますよ。」
「え・・・!?」


福さんは自分の目の辺りを、手でそっと触れてみた。


「あ・・・・。」


いつの間にか、福さんは大粒の涙を流していた。
福さんは、全然気付いていなかった。


「あれえ、おっかしいなあ・・・。」


福さんは笑いながら涙を必死に拭った。
だが、その涙はいくら拭っても止まることはない。


「けど、よかったなあっ!」


福さんは、涙を流しながら大声でそう言った。
簡単な文章、確かにそうかもしれない。
だがその中に涼の思い、優しさが確かに二人に伝わって来ていた。

二人はとめどなく溢れる涙を拭い去れず、いつの間にか三十分以上泣き続けていた・・・。
その涙は決して悲しみの涙ではない・・・・。
今までの、涼が帰って来るかと言う悩みは一気に、消えてしまっていた。
再び二人は、仏間へと入って行った。
仏壇の前で、二人一緒に正座をして、手を合わせる・・・。


「旦那様・・・・涼さんはご無事でございます。ご安心下さい。」
「先生、涼さんは必ず帰って来ます!心配は何もないっす!!」


二人は涙のせいで、真っ赤になってしまった目をこすりながらそれぞれの言葉を巌に報告した。
涼からの手紙。
短いが優しさの詰まった手紙・・・・。



涼さんありがとう、私達は元気です・・・・・。
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